情報産業とは何か? [梅棹忠夫]
- 作者: 梅棹忠夫
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 1999/04/01
- メディア: 文庫
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- 情報産業論への補論
- 情報とコミュニケーションp76
- コミュニケーションはつねに送り手と受け手がいる
- 情報はつねに送り手と受け手がいるとは限らない
- 情報それ自体で存在する。存在それ自体が情報である
- 受信されることもなく解読されることもない情報はいくらでも存在す
- 受信されるかは受け手の情報受信能力の問題
- 人間は感覚器官においてとらえた情報を脳でとらえている
- 情報というと文字や言語とせまく解釈されるが、これらを媒体としない情報はいくらでも存在する
ユビキタス社会になって、人間同様センサが発達すれば新しい情報が生まれるのだろう
- 五感の産業化p77
- 音楽は聴覚産業、写真・ビデオ・テレビは視覚産業といえ、すべて感覚産業
- 食事もこれまではエネルギー源にすぎなかったが、最近では味覚産業へと変化した
- 新聞や雑誌が紙という物質的な媒体にのせられたように、味覚という感覚情報は食物という物質的媒体に乗せて伝達される
- 嗅覚も合香や香料、触覚も衣服における肌触りなどとすべて漢学産業となっている
現代ではこのときの新しい媒体としてインターネットが使われている。
- お布施理論の経済学的な見方p109
- 情報提供者の格は一種の品質保証を意味しており、質の定めがたい情報という財の場合は重要な要素となる
- 受け取り手の格は需要者の支払い能力ないし所得を意味しており、所得に応じた差別価格がつけられることに他ならない
所得の部分ではまだ実社会での格が大半をしめると思うので、全所得ではなく情報による所得とするほうが適切なような気がする。提供者側の格も同様に情報提供の観点から格をつけるのがいいと思う。